オーバー　ザ　レインボウ/シルバーアクセサリー

霧雨の降る遠い異国の地。
九龍城跡地に隣接したホテルから出ると、
氷のような空気を肺の中いっぱいに取り入れ
ゆっくりと空へと吐き出す。
朝の静けさを五感で噛み締めると
日々の仕事で磨り減った神経が
どれ程までにささくれだっているのかがわかる。
衰弱した精神を騙しながらタバコに火を点け
数人の男達と共に歩き出し、
その一日が始まった。

言葉数の少ない男達の集団は
今や国際都市と化した九龍という街を
足早に通り過ぎる。
本土・中国とは懸離れたこの半島には
様々な人種が集まる。
国際ステーション。
香港と並び、この街は良くも悪くも
あらゆるものを取り込む。
だからこそ朝の静寂は
昼の喧騒を知っているものにとっては
不可思議な気持ちにさせる。
輪郭のかすんだ街、
九龍。

高速水上艇、通称JET。
半島から本国への2経路のうちの一つがこれだ。
陸路よりも格段に早い。
小型のフェリーいったところだ。
ただスピードは格段に違う。
艇底が水面上まで浮き上がり
滑るように走る。

一見それとはわからない
JETの待機する建物が目前にまでさしかかると
不意に知らない男に声をかけられる。
広東語でまくしたてられるが
北京語とは違う為、全くわからない。
わからないが、言ってることは伝わった。

「お前はどこの国の奴だ？！」

地元警察官につかまった。

いや、確かに目立つ格好だとは思うよ。
真っ白いコートに真っ赤な髪。
口ひげを生やしタバコを吹かしながら 歩くその姿は
日本にいたって、人目を気にせずにはいられないでしょうよ。
だけどさ、5人もいっしょにいて
なんで僕なわけ？！
あっちの大男なんかネパール人みたいな日本人じゃん！

しどろもどろ、慣れない北京語で対応している僕を尻目に
笑いながら男達はJETへと向かう。
めんどくさくなってきた為
口調厳しく言ってやった。

「日本人だ!！」
と、日本語で。

言っている意味はわからないが
言いたいことは伝わったようだ。
意思の伝心は、勢いでたまに国境をも越える。

日差しが垣間見え
今日もまた騒がしい一日が始まるのだろう。
空にうっすらとかかる虹の向こうに
遠い故郷が見えた気がした。

お母さん、
日本人に生んでくれてありがとう。
日本人は奇人扱いだから、怪しまれなかったよ。

　

あとで、笑っている仕事上同行の通訳さんが
「英語で言えばよかったのに、I am Japanese って」
あと
「クスリやってるのか？バイヤーか？とも言ってたよ」

・・・助けてよ、その時にさぁ。


お母さん、
次はもっと落ち着きのある子に
生んで下さい・・・