違いのわかる男/シルバーアクセサリー

中国での職場って、けっこう年輩が多かったんだ。
一番年の近い人でも、１０歳は離れてた。
海外で仕事してるわけだから、日本人スタッフも７〜８人ぐらい。
でさ、食事も一緒にとるわけだから、お酒も飲むじゃない。
お酒、キライじゃないけど、すっごい好きって訳でもない。
２０代だから、お酒に対して、体がまだ出来てないんだ。
かといって、つきあいだから飲まなきゃならないし。
だからこれは起こるべくして起こった必然的な出来事だったのだろう。

その頃、中国では急に冬模様になりだしていた。
日本人スタッフの中でも、風邪をひく者が目立ちだしていた。
かくいう、僕もその中の一人だ。
そういうわけだから、今夜の夕食は暖かいものでも、ということになり
中国風しゃぶしゃぶ、なるものを食べることになった。
どうやらそこの店は年輩スタッフ達の通いの店だったらしい。
ウエイトレスが「あら、いらっしゃい！」ってな具合に
迎えてくれたから、すぐわかった。
第一そのウエイトレス、すっごい美人だったし。
それ目当てに通ってるのは一目瞭然だった。

席に着くと、まずは「カンパイ」。
これはどこに行っても恒例だね。
そこで、目の前に現れたお酒。
みたことのないお酒だった。
そう、ここは滋養強壮に効く、お酒や料理を出す店だったのだ。
そのお酒も当然、漢方！
それも強力な精力剤だった。
あれっ、あれっ、などと思っているうちに
みんなはグイっと一気に飲み干した。
ご相伴にあずかった美人のおねいさんも一息に飲み干した。
しかたがないので、僕もグラスに口をつける。
舌がお酒に触れるなり、「まずい！」と悟った。
バレないように、そーっとグラスをテーブルに戻そうとするが
２秒でバレた。
「男らしくないゾ」「おねいさんだって飲んだんだから」
などと言われ、そのうち人間性さえ否定されてはかなわんと思い、
目の前のグラスを一気にあおった。
グラスを力強く、ドンとおき誇らしげな顔をみんなに向けると、
両方の穴から鼻血が吹き出した。

それから小一時間、鼻にティッシュをつめ
味のわからなくなった舌の上に、皆がおいしいと言う料理を
ただ機械的に運ぶ作業が続いた。
その間、僕は店中の者達のギャグマシーンとなっていた。

それから、なんどかその店に行くことがあったのだが、
店に入るなりお店のウエイトレス達は、僕にやさしい視線をなげかける。
だが一様に、彼女たちは瞳の奥に
「今日こそ、また鼻血を出してね！」
という期待に満ちた、意志を宿していた。

期待にはこたえたいけど、出ないものは出ないよ。

僕の無言の訴えは、果たして彼女たちに届いたのだろうか。